JBFA普及育成事業が10年前にまいた種。そのつぼみが、いま花開く

2023年、日本ブラインドサッカー協会の普及育成事業が10年目を迎える。このプログラムに参加した子どもたちのなかには、日本代表入りし、世界に羽ばたいた選手もいる。

パラリンピック予選敗退を機に選手育成に着手

「『キッズキャンプ』は、普及育成事業の一環として立てられた企画でした。私としては第1回のキャンプ開催を前に、正直なところ、本当に人が集まるのだろうかという思いがありましたが、ふたを開けてみたら定員超え。こんなにもニーズがあるんだなと感じたことを覚えています。キャンプをした場所は近くに海や山があり、本当に夏を満喫できる場所でしたね」

キッズキャンプのいつコーチとして参加していた村上重雄(以下、村上)は、当時の情景をそう振り返る。

キッズキャンプとは、視覚障がいのある児童を対象に行われ、子どもたちが新しい仲間やブラインドサッカーと出会う場面を提供する取り組みで、次世代の日本代表を担うアスリートの発掘・育成の場となっている。年間5回ほど行われ、サッカーの基本的な練習だけでなく、戦い方や代表選手を目指すための心構えなども話し合う。

そもそもキッズキャンプが開催されるきっかけは何だったのか。
契機となったのは、2011年のロンドンパラリンピック予選で敗退したことだ。日本の予選敗退後、JBFA内部で強化に関わるスタッフ全員が集まり話し合いが行われたのだが、そこであがったのが次世代の発掘と育成だった。そしてこの課題に取り組むため、キッズキャンプを行うことになった。ただし、名目を“選手育成”としてしまうと、参加するハードルが高くなってしまう。
「参加する子どもたちには、サッカーの技術よりも『またボール蹴りたいね』という思いを持って帰ってもらいたいと考えていました」(村上)

参加した子どもたちのほとんどは、サッカーボールを蹴るということ自体が初めて。キャンプでは、運動が得意な子もそうでない子も、一緒になって遊びを通じてサッカーに触れた。一方で、子どもたちは目が見えない、あるいは見えづらいため、指導する際は体の動きやサッカーの動作を丁寧に伝えていく難しさがある。ケガの心配もあるが、ボランティアの協力で子ども1人につき1人の大人がつくなどの手厚い対応が可能になった。

キッズキャンプでサッカーの楽しさを知る

キッズキャンプ出身者には、第1回から参加した菊島宙や平林太一をはじめ、東京2020パラリンピックに男子日本代表の最年少としてメンバー入りした園部優月などが名を連ねる。

平林は小学1年生からキッズキャンプに参加し、2022年4月から男子日本代表で活躍する。父の道広さんはこう話す。

「盲学校の先生からチラシを渡されたのが参加のきっかけです。同じ障がいのある子どもたちをはじめ、親睦会など保護者プログラムを通じて、携わるいろいろな方々と交流できたことは大変貴重でした。キャンプに参加したのち、東京で開催されるキッズトレーニングにも定期的に行くようになりました。太一にはゴールボール、フロアバレー、スキーをはじめ多種多様なスポーツをやらせましたが、ブラインドサッカーを今もやっているというのは、本人のなかで『これだ!』というものがあったのではないかと思います。普段からみていても、サッカーに行くときは楽しそうですね」

「キッズトレーニング」は、キッズキャンプでサッカーに興味を持った子どもたちが、プレーのスキル向上などを目指して継続して運動する場所やボールに触れる機会を提供するためのプログラムのことで、より競技志向の強い活動を行いたい子どもたちには、次のステップとして「アスリート合宿」が用意されている。

道広さんは続けて、「一番印象に残っているのは、スタッフの方が私たちの住む長野まで来てくれてトレーニングをしてくれたことです」と振り返る。

JBFAが行っている「パーソナルトレーニング」とは、2018年初頭からスタートした取り組みで、ユース世代を中心に、定期的に個別トレーニング(地域によってグループでのトレーニング)を行う取り組みのこと。参加者には個人ごとにカルテがあり、多種多様な項目が数値化されている。

子どもたちの成長には、周りのサポートが不可欠だ。

「キッズキャンプでは、サッカーや仲間と触れ合う楽しさを感じてもらうことを重点に取り組んできました。また子どもたちは、サッカーだけでなく、周りの人たちの温かみや、人と人とがつながる楽しさを感じていたと思います。プログラムを通じて、サッカーが好きになり、ずっとプレーしてくれている選手が増えてきているのは、僕にとってもうれしいことです。それに、日本代表にまで成長してくれたことは感慨深いですね」(村上)

今や日本代表の中心選手に育った平林太一(写真左)と菊島宙(写真右)

成長を止めないために

キッズキャンプの参加者は回を追うごとに増えているという。

「すぐに成果が見えないのが育成です。そのため、長期にわたって継続していかなければなりません。でも、継続していくことは難しい側面もあります。そういった意味で、今なおキッズキャンプを続けられているのは、非常に評価できることではないでしょうか。キャンプから日本代表に子どもたちが着実に育っていることに対しても、ようやく報われたなという気持ちです」(村上)

ただし課題もある。ブラインドサッカーをするための環境整備だ。

「日本においてこの成長を止めないためには、いつでもどこでもブラインドサッカーができる環境をつくっていく必要があると思っています。練習場所が限られてしまうと、ブラインドサッカーとの接点が少なくなってしまいます。理想は47都道府県すべての地域でできること。それに加えて、ブラインドサッカーを指導できるコーチを配置するなどソフト面の整備も必要です。そういった環境をこれから整えていければと考えています」(村上)

普及育成事業の成果は着実に目に見える形となって表れ始めている。

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