勝利を後押し!中川ジャパンのデータサッカーに迫る

TOKYO2020 PARALYMPIC GAMES

データを収集して分析し、練習や戦術に生かす取り組みは、今やサッカー界の常識。ブラインドサッカーにおいてもしかり。データ活用が勝利の後ろ盾になっていることは、近年の男子日本代表の活躍が証明している。中川英治監督が実践する、データの活用方法とは?

ブラインドサッカー男子日本代表は、最新のテクノロジーを積極的に導入してきた。近年顕著なのがデータ活用だ。練習や試合にデータを取り込むことで、結果も伴うようになってきた。

男子日本代表の中川英治監督は、データ活用の利点について「数字には根拠があるから、自信を持って指示やアドバイスができる」と話す。監督の自信は、プレーに100%の力を注ごうとする選手たちの自信にもつながる。

「試合中、選手に『もっと走れ!』といっても理解されにくいことが多い。でも『この瞬間に時速何キロで走れないと、相手のスピードに間に合わないぞ』とか、『シャトルランで取っている5分ごとの走りのデータから、君は残り5分になると確実にスプリントの数が減っている』と言えば、選手にも伝わりやすいのです」(中川監督)

ある国際試合では、選手交代なしで戦ったことに疑問の声があがったが、「選手たちのハートレートデータ(心拍数)を見て、どの選手も高強度のスプリントを出せているとジャッジし、迷いなく交代の必要なしで戦った」と中川監督は解説する。

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キャプション:積極的なデータ活用を行った高田前監督と中川現監督

男子日本代表がデータ活用を本格化させたのは、2016年ごろ。サッカーに必要な選手のハートレートやGPSを使った走行距離の計測、顔認証によるフィールド内での選手の動きといったデータを取り、分析を進めた。また、体調管理ソフト「ONE TAP SPORTS(ワンタップスポーツ)」を使って選手のコンディションとパフォーマンスの関係性を調べたり、フィジカルテストと試合中のスプリント回数(例:10mの距離を一定以上のスピードで何回出せたか)を比較したりするなど、多種多様なデータ収集し、より高度な分析を始めた。

残り5分、データが示したコロンビアの穴

中川監督がデータ活用の“一番のハイライト”と振り返るのが、2019年3月に日本で行われた「IBSA ブラインドサッカーワールドグランプリ 2019」のグループリーグ2戦目、コロンビア戦だ。

当時の男子日本代表は高田敏志監督のもと、東京2020パラリンピックでのメダル獲得に向けて取り組んでいる真っ最中。「東京パラリンピックのリハーサル」と位置づけて臨んだ大会で上位に食い込み、男子日本代表の攻撃的なサッカーが通用することを確認する必要があった。

「コロンビアチームは、スタッフの数が少なく、栄養価の低い食事をとっていて、日本入りしてからの選手たちの動きも良くなかった。これでは24時間以内のリカバリーは難しいだろうと予想がつきましたし、コロンビアの第1戦のデータからは前半も後半も残り5分でパフォーマンスが格段に悪くなることがわかっていました。だからこのときガイドを務めていた僕は、先制点を決められた直後に選手のところに駆け寄って、こうリマインドしたんです。『彼らは必ず走れなくなる。慌てず自信を持ってプレーすればいい』と」(中川監督)

コーチ陣も選手も冷静だった。そして、読みどおり、コロンビアの選手たちは時間が経つにつれて日本の選手の動きに追いつかなくなり、ファウルが目立ち始めた。相手の守備がゆるんだのは、データが示したまさに前半残り3分のこと。日本は左サイドからキャプテンの川村怜が同点弾を押し込んだ。後半も川村の活躍で勝ち越しに成功し、男子日本代表の躍進のきっかけをつくる一戦となった。

キャプション:コロンビア戦で勝利を呼び込んだキャプテンの川村

さらに、同年10月にタイで開催された「IBSA ブラインドサッカーアジア選手権 2019」でも、準決勝の中国戦でデータ活用が歴史的な善戦を演出した。

「事前に中国チームについて、ボールを奪う起点はどこか、ボールを奪ってからシュートに行くまでのプレーはどうなっているか、何番から何番の選手へのパスが多いかなどを分析しました。この分析データをもとに、相手の一番得意な攻撃に持ち込ませないような戦術をプランニングすることを高田監督(当時)に提案しました」(中川監督)

その結果、日本は堅守の中国相手に2得点を挙げ、PK戦に持ち込んだ。PK戦では2-3で敗退したが、長年のライバルである中国にもっとも肉薄した試合として今も語り継がれている。

フィジカルテストだけでは測れない選手の能力

相手チームの分析だけでなく、選手起用にもデータ活用は不可欠だ。ブラインドサッカーは、目が見えないなかで相手にぶつかるかもしれない恐怖とともにプレーするスポーツだ。そのため、フィジカルテストと試合中のパフォーマンスなどを多角的に分析し、選手の特性を十分に把握する必要がある。特に重要なのが、試合中にどれだけスプリント回数を出せたか。ということだ。

「例えば、ある選手は(日本フットサルリーグの)Fリーガーに匹敵する足の速さなのに、相手がいる実際のゲームになるとスプリント回数が低く、自分の能力を発揮できないことがある。逆に、フィールドテストの結果が悪くても、試合中に何回もスプリントを出すポテンシャルの高い選手もいる。単一のデータだけを起用の判断材料にしていては、私たちが描く戦術は実行できなくなります」

男子日本代表では、試合中の選手のパフォーマンスをタブレットで随時把握しており、監督とガイドが無線通信で情報交換を行っている。スタンドにいるスタッフも、失点の起点などの情報収集と分析を行い、ハーフタイムに電話で監督らに報告。その情報をもとに失点を防ぐ戦術に切り替えることもある。データが多くなりすぎても混乱を招くため、試合中は1、2項目のデータに限定しているという。

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キャプション:東京2020パラリンピックではヘッド[1] コーチ兼ガイドとして日本代表を支えた中川監督


データを活用してからは、選手たちがより自分の身体状態を気にしたり、パフォーマンスのフィードバックを求めたりするなど、個々の意識も変わってきた。もちろんデータだけではわからないこともあるし、データに頼らずに経験や感覚をもとに判断することもある。それでも中川監督は、「GPSの精度をもっと高めていきたいし、分析ソフトも我々にフィットするものを見極めていきたい」と、今後も積極的にデータを活用していくつもりだ。 データを駆使して戦う男子日本代表のさらなる進化に注目したい。

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